大阪高等裁判所 昭和27年(う)913号 判決 1952年11月18日
控訴人 被告人 内田猪之助
弁護人 前堀政幸
検察官 米野操関与
主文
被告人内田猪之助の控訴を棄却する。
理由
弁護人前堀政幸の控訴趣意第二点について
(一)原判決が被告人内田の原判示第二の所為に対する法律の適用を示すに当り経済関係罰則の整備に関する法律第五条とのみ記載し、同条の何項に当るか又同法第二条の賄賂か第三条のそれかを判文に明示していないことは所論のとおりであるけれども、右法文の内容と原判示事実とを照し合わせて見ると、原判決が同被告人の右所為を同法第二条の賄賂を供与したものとして同法第五条第一項を適用した趣旨であることが自ら明らかであるから、原判決に所論のような法律適用に関する理由不備があるとはいえない。従つてこの点の論旨は理由がない。
(二)経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律第二条は「………其ノ他経済ノ統制ヲ目的トスル法令ニ依リ統制ニ関スル業務ヲ為ス会社若ハ組合又ハ此等ニ準ズルモノニシテ別表乙号ニ掲グルモノノ役員其ノ他ノ職員其ノ職務ニ関シ賄賂ヲ収受シ………」と規定し、本条の適用を受ける役職員の属する会社等については経済の統制を目的とする法令により統制に関する業務をなすもので別表乙号に掲ぐるものという制限を設けているが、その役職員の賄賂罪の対象となる職務については、法文上単に「其ノ職務」と記載し、特にその職務の内容について制限を設けていないばかりでなく、元来右にいうような統制に関する業務は国の行う経済政策の一環としてなすものであつて、その性質上一種の公務に準ずると見らるべきものであるから、かかる業務を司る会社等の役職員は公務員と同じく常に公正な執務の態度を要請せられるものであるに鑑み、本条は右会社等のうち特に重要と見られる別表乙号に指定したものの役職員の地位そのものを罰則の適用について公務員に準ずるものとし、その職務に関する限りそれが統制に関する業務自体であると否とを問わず、賄賂罪として処罰する趣旨と解するのが相当である。
又普通銀行等の金融機関のなす資金の融通については、金融緊急措置令施行規則(昭和二一年大蔵省令第一二号)第一三条第二項の規定によつて制定せられた昭和二二年三月一日大蔵省告示第三七号金融機関資金融通準則が今なお存在し、これが右施行規則と相俟つて金融緊急措置令第六条の内容を補充しているものであるから、前示資金の融通に関し金融緊急措置令に基く統制が現存し、普通銀行等の金融機関は資金融通の面において右法規による統制に関する業務を為すものと解すべきであり、従つて、普通銀行等の金融機関は経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律第二条にいわゆる経済の統制を目的とする法令により統制に関する業務をなす会社等に該当し、銀行職員の従事する資金融通に関する事務はとりもなおさず右統制に関する業務に相当するものといわなければならない。尤も右準則第一総則第一項において普通銀行等の金融機関は資金の融通をなすに当り自主的にこれが規則を行わなければならない旨を定めていることは所論のとおりであるが、これは国が金融機関の自主性の自覚に訴え円滑に融資の規正を行わしめようとしたがためであつて、もとより専恣な規正を許したわけでもなく又必ずしも金融上の統制の重要性を低く評価したためでもないと解するから、右のような法文があるからといつて、所論のように金融機関が法規による統制に服するものではないと解することはできないし又右金融の統制は刑罰をもつて統制業務遂行を内容とする職務の公正を守らなければならない程の強い公益性を認めていないとはいえないのである。
しかして、原判示によると、稲岡徳治郎は京都市下京区四条通大宮東入る株式会社大阪銀行大宮支店長として顧客に対する資金融通等同支店の銀行業務の一切を総括執行する職務に従事し被告人内田猪之助は三信染工株式会社の社長であつてかねて右銀行支店と取引していたのであるが、同被告人は右稲岡徳治郎からその実弟が失業して困つているのでその援助資金に融通してくれるよう申込まれ、平素同人より同銀行業務として資金融通等について世話を受けていることに対する感謝の趣旨で金三万円を同人に融通交付したというのであつて右株式会社大阪銀行大宮支店長である稲岡徳治郎が経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律第二条にいうところの経済の統制を目的とする法令により統制に関する業務を為す会社であつて別表乙号に掲ぐるものの職員に該当し且同人の従事した資金融通に関する銀行業務が右法律にいう統制に関する業務に相当することは前記説明及び右法律別表乙号の二四号、金融緊急措置令第八条によつて明らかであるから、仮に所論のように右法律第二条所定の職務とは統制に関する業務だけを意味するものとしても、前記稲岡の本件銀行事務の執行は同条にいう職務に該当し同条の賄賂罪の対象となるべき職務であることには疑がないから、同人の右職務に関し賄賂を供与した被告人内田の所為を同法第五条の贈賄罪に問擬した原判決は正当であつて、これと見解を異にする論旨には賛同できない。
(その他の判決理由は省略する)
(裁判長判事 荻野益三郎 判事 井関照夫 判事 竹中義郎)
弁護人前堀政幸の控訴趣意
第二、原判決は法令の適用を誤まりその誤は判決の理由に不備又はくいちがいを生ぜしめ且判決に影響を及ぼしたことが明白であるから破棄せらるべきである。
原判決は前示(第一点において引用の通り)の如く事実の認定をした上、この事実に対し経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律(以下単に「法」と呼ぶ)第五条、罰金等臨時措置法第二条第三条、刑法第十八条第二十五条を適用しておるのである。
(一)然し法第五条は第一項と第二項とに分れるのみでなく、その第一項は法第二条第一項に規定する賄賂に関する贈賄の罪と法第三条に規定する賄賂の贈賄に関する罪とを共に含んでおるのであるから原判決は単に法第五条の適用を示すのみでは足らず第五条第一項を適用するものであること及び法第二条第一項に規定する賄賂に関する贈賄の罪に該ることを示すに足る法条即ち法第二条第一項をも併せ適用すべきであつたのである。原判決においてこれらの法条の適用なきは結局判決の理由が不備であることとなるのである。
(二)法第二条第一項の規定中「其ノ職務ニ関シ賄賂ヲ収受シ……」とある「其ノ職務」とは単に別表乙号に掲げられたもの、本件で言えば第二十四号の「金融緊急措置令ニ規定スル金融機関」の職員の職務の全域を意味するものではないのであつて、金融機関の職員の職務のうち「其ノ性質上当然ニ独占ト為ルベキ事業ヲ営ミ若クハ臨時物資需給調整法其ノ他経済ノ統制ヲ目的トスル法令ニ依リ統制ニ関スル業務」を内容とするものに限ると解すべきである。この見解は刑法涜職の罪、商法第四百九十三条の罪を顧みるとき洵に正当であると考えられる。
然るに法に謂う金融機関が「経済ノ統制ヲ目的トスル法令ニ依リ統制ニ関スル業務」を担当しているかと検するに判示犯罪日時当時既に左様な業務は存在しなかつたのである。尤も所謂金融機関資金融通準則(昭和二十二年三月一日大蔵省告示第三十七号)なるものが金融措置令施行規則第十三条第二項の規定によつて定められておるわけであるが、同準則第一の一に謳つている如くこの準則は「自主的規則」のためのものであるから、これを以て「法令ニ依ル統制ニ関スル業務」と解すべきではないのである。蓋し「自主的規則の準則」であるからには法令を以て強制せらるべき筋合のものではないわけであり、従つて刑罰を以てその業務遂行を内容する職務の公正を守り立てねばならぬ程の強い公益性を認めていないことになるからである。
叙上の次第であるから原判決が判示事実に対し法第五条その他を適用したのは法第五条の解釈を誤り罪とならないものを罪となるとなしたものであつて、判決の理由にくいちがいがあるか、法令の適用を誤つて判決に影響を及ぼしたかの何れかである。仍て原判決は破棄せらるべきである。
(その他の控訴趣意は省略する。)